6 1 月, 2026
zrc
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2025年8月に本会の有志メンバーが山西省大同・太原の石窟を訪ねた。その際、中国の研究者との交流も行った。それが一つのきっかけとなり、帰国後に中国の研究者から「震出東方」に関する情報が寄せられた。
中国・大連の714志願会を通じて、李懷武さんの調査に基づいて「震出東方」は旅順にあった崂嵂嘴砲台入口の扁額だと伝えて下さった。(ただ、送っていただいた資料で、北山砲台入口の四文字は「北洋保障」であることは写真で確認できたが、「震出東方」の写真はなく、また、旅順砲台地図の範囲内に崂嵂嘴砲台を見つけることはできなかった。)
なお、その以前に、一瀬敬一郎さんが「震出東方」扁額が『靖国神社百年史 資料編 中』1983年に載っていることがメールで紹介された。確認したところ、417頁に載っていた。
ところで、日清戦争後の遊就館の第一室で、〈大概征清戦利品にて、文威、計とある分捕旗三旈、「御衆以寛」「仁愛康明」「清愼恩勤」「惠洽軍民」「金州保障」「海軍武庫」等、いづれも清國城門或は公廰に掲げたる扁額にして、此の如き額面二十九枚。〉と分捕った旗や扁額を展示していることを紹介している(『風俗画報特別増刊 東京名所圖會 麹町区之部第17編巻中』東陽堂、1898年 105頁)。(T・T)